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夏の終わりに(雑感)

 今年は8月末から温度と湿度ともに下がり、急に涼しくなり、過ごしやすくなった。やれやれだ。このままこの気候が続いてほしいものだ。というのは、15年ほど前から9月は夏の仲間になってしまっているからだ。7,8年前からは10月の上旬でも暑いという年も増えてきた。
 僕が子供の頃は8月も20日を過ぎると、そろそろと秋風が吹き始めるようになり、9月に入ればもう涼しくなって秋の初めの気候であった。今年は珍しく「昔の9月」のようである。「地球温暖化」―ヨーロッパ各国をはじめとして対策を進めてはいるけれど、汚染ガスの排出量が多いアメリカ、中国、インドなどがイマイチ削減対策に本気ではない。
 40年前と比べると、世界の気温は1.4℃上昇したらしい。「何だ、たった1.4℃か。」−というわけではないという。人間に例(たと)えると、体温36.5℃の人が体温38℃になったということだそうだ。「体温が36.5℃から38℃へ」―こりゃ、大事(おおごと)だよね。常時熱っぽい(カゼ気味)の状態というわけだ。何とかしないともう1℃上昇してしまうという。こうなると、体温でいえば39℃。

 北朝鮮のミサイルが−どこへ飛んで来るかわからない。金(キム)委員長の思いつきで方向が決まるらしい。とうとう日本横断だ。このままハワイ方向へ距離を伸ばすのか、それともグアムへ方向を変えるのか。いずれにしてもこの国のミサイル技術は徐々に進化している。何も対策をしなければそのうちアメリカ本土へも届くだろう。「核」も搭載できるようになるかもしれない。ヒトラーナチス)もそうだったけど、「傲慢(ごうまん)な暴力」は徐々にその範囲を広げてゆく。その周りの国がいくら平和や民主主義を望んでも、この「傲慢な暴力」はたいして気にもせず、ジワジワとその暗い範囲を広げてゆく。放おっておけば地球全土がこの暴力に覆われるだろう。
 ナチスもその勢力が小さいうちに叩(たた)いておけば、あれほど強大にならなかったのに、当時社会的に力があったドイツの富裕層は政治に無関心であった。そのため、世界恐慌による失業などで生活に不満を持つ庶民の票を集め(当時のドイツは「ワイマール共和国」という民主主義国家であった)、ナチス党はその議席や大臣ポストを増やしていった。そのうち、この「傲慢な暴力」はドイツ国内のユダヤ人資産を取り込み始め、資金面でも強力になってゆく。(当時、ユダヤ人迫害は年々ひどくなり、ユダヤ人家族達は少しずつ国外へ逃げ始めていたが、ある時「資産をドイツ国内に置いてゆかなけば国外への脱出は許可しない」ように切り替えたそうだ(この制度を決めたのは政権内で軍事と警察部門を担当していたナチス党)。そのため多くの裕福なユダヤ人はドイツ国内に多くの資産を置いたまま、着のみ着のままでなんとか脱出したという。つまり、残ったのは「資産のない貧しいユダヤ人」。彼らは国外脱出できなかったーというわけだ)。

 こんなことは学校では習わなかった。よく、「歴史から学べ」と言われるが、こうゆうことに社会科の時間をさいてもらわないと、我々の今の生活に「歴史」という科目が生きてこない。どうも学校の授業というのはピントがズレている。重要とされているものが実は重要ではなく、軽く扱われている事項が実はとても重要だったりする。英語の文法なども「実は重要ではない」ものが少なくない。例えば、とても口うるさく強調されているHe,Sheなどの時の「動詞+(s)」などは実は重要項目ではない。逆に、changeなどの単語は「変える」という意味でしか教えられていない。そのため、よく使われる”Keep the change.”や”Exactly change please.”の意味がわからない人が多い。
 
 まあ、久しぶりに「つれづれ日記」ではあった。くれぐれも「このまま、涼しい日が続いてくれい。」と願っている今日この頃である。

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